少年時代
沈黙(しじま)と人は言う
この叫び声が聞こえますか?
(映画「カスパー・ハウザーの謎」より)
雪の中には、沈黙(しじま)という音があるのを、知っているだろうか。
そこでは、全ての音が雪に吸収され、響くことはない。
どんなに叫んでも、誰にも聞こえない。
そこにはただ、沈黙という音だけがある。
子どもの頃、雪の日に一人で家に帰るとき、とてつもない恐怖に襲われることがあった。
長い一本道をひたすら歩いている。周りには誰もいない。鉛色の空からゆっくりと落ちてくる一粒一粒の雪以外に動くものがない。それは自分の顔に落ちて解け、自分の体温を奪う。この世に自分一人しかいないような気がして、声の限り叫んでみる。だが、その声はどこにも届かない。僕は足を速めて一刻も早く、家に辿り着こうとする。そこには家族がいるはずだ。家族は僕の呼びかけに答えてくれるはずだ。ここには答えてくれる人が誰もいない。家に着きたい。家に早く着きたい。気が付くと僕は駆け出していた。
家に辿り着いた時、そこにあったのは暖かいコタツと、家庭だった。家庭はそんなに暖かではなかったのだが、そこにあったのは、確かに、僕の家庭だった。
今日の東京は、雪の日だった。空からゆっくりと落ちてくる一粒一粒の雪を眺めていたら、ふと、そんな時がかつてあったことを思い出した。
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