ドイツ旅行記のこと

ikami2005-05-03

 さて、突然だが今日からドイツ旅行である。たくさん日本で遣り残したことはあるんだがとうとう今日という日が来てしまった。僕は出発前日の夜中から徹夜で最後の仕事を終え、テキトーに身支度する。
 
 下着が3日分くらいと、服を2〜3着と、旅行ガイドと、デジカメと、VAIOと、暇つぶしのワンダースワンと。確かそんなもん。何か足りなくなったら現地調達。キホンである。
 
 成田行きの電車に乗る前にホテルに寄る。大事な出発前の仕事を郵送するために。フロントの女の子に、ドイツでハガキを書いてね、と言われる。ここの住所は空で言えるくらいに良く覚えているので大丈夫だ。これは後で後悔したことだが、財布を少しでも軽くしたかったので名刺の類いをほとんど置いてきてしまっていた。現地からのハガキというのは安上がりなわりにとても喜ばれるので現地からのお土産にはオススメである。結局僕はこの娘と、たまたま名刺を持ってきていた知り合いの会社社長にしか送れなかった。
 
 ホテルを出るとすぐ駅に向かう。ここから成田までは快速でおよそ40〜50分ほどである。成田空港にはよく遊びに行ったり見送りに行ったりしたことがあるが、電車で行くのは初めてだったりする。いつもは車なのだ。ずっと駐車場に停めておくのもアレなので今回は電車。でも使ってみると電車も結構便利だ。次から見送りは車じゃなくて電車だな。
 
 ちなみに海外旅行は初めてで飛行機に乗るのも初めてだ。今まで行くキッカケはいくらもあったが何故か行かなかった。今回は8月にドイツに行くと約束してしまったのでその約束が僕の背中を押した形になっている。
 
 利用する航空会社はスカンジナビア航空コペンハーゲン経由でハンブルグに行く。コペンハーゲンでの滞在はしない。1時間後に出るハンブルグ行きに乗ってデンマークはおさらばである。帰りも同じ。
 
 成田空港でチェックインする。キレイなお姉さんに席を用意してもらう。「窓際がよろしいですか?」と聞かれたので、「ええ、できれば」と答える。
 
 飛行機に乗り込んで自分の席を捜す。窓際で、隣の人は既にもう乗り込んでいた。20代後半くらいの女の人である。その人も一人旅の人で、ツアーの海外旅行は何度か経験しているが今回は初めての一人旅なのだそうだ。コペンハーゲンに一週間滞在するらしい。「どうしてまたコペンハーゲンなんですか?」「どこでもいいからチケットの取れるところ、って言ったらそこになったの」へえ。デンマークって不人気なのかな。
 
 彼女の言うには、この席はビジネスクラスの席なんだそうだ。へ?エコノミーのチケットを頼んでいたのに、なんで?と思う。ラッキーだとこういう事があるそうである。じゃあ、この席はエコノミーよりもゆったりした席なのか。と思って色々席の周りを物色すると、電話とかモジュラージャックがある。え?モジュラー?通信できるの?じゃあ飛行機の上から何か書こうか。と思ったらモジュラーケーブルを持ってきていなかった。残念。
 
 さっきも言ったけれど飛行機に乗るのは初めてで、離陸初体験である。離陸の瞬間は別にどうということはなかった。でも、窓際だったし、景色はとても良かった。雲の下から上に抜けるのを生で見るのも今回が初めてである。それを見て子どものようにはしゃく僕。隣で苦笑する彼女。
 
 しばらくは外を見て過ごす。飲み物とか機内食とかが出る。飛行機の中は酒飲みにとっては楽園のようだ。いくらでも酒が頼めるから。僕は下戸なのでそれほど飲まないし後でメラトニンで眠るつもりなのでソフトドリンクを頼む。機内食の味は、まぁまぁだった。暖かい料理として出てきたパスタの一部が硬かったのが良くなかったけれど。和洋とりまぜた良く分からないものも出たが、おいしくいただいた。
 
 スカンジナビア航空も日本発着のものに関しては日本語のアナウンスがあるし日本人のスチュワーデスもいる。後のコペンハーゲンハンブルグではもちろんいない。というか飛行機の中のアジア人は僕だけって感じ。
 
 腹も満たされたし景色に飽きてきた。隣の人も寝てしまったようである。ぼうっとひたすら外を眺める僕。僕の座っている場所はちょうど主翼の部分である。非常口も僕の真横にある。緊急事態になってもこれなら安心だ、多分。主翼の上を見ると、「ここには立つな」と英語で書いてある。そう書いてあるとそこに立ってみたくなるのが人情というものである。僕は機内を見渡す。幸いにも誰も見ていないようだ。僕はそっとと非常口の取っ手を掴み、前に押してみる。
 
 開いた。
 
 僕は飛行機が猛スピードで飛ぶ中、非常口から外に出る。おお。外は意外にも寒くない。もちろん暑くもない。風も感じない。高速で飛んでいる時は逆にそういうものらしい。
 
 そして、「ここに立つな」と書いてある部分に立ってみる。立ったところで、何も起きない。なあんだ。大丈夫じゃないか。と思って機内の方向き直ると、機内から怒りに震えながら僕を睨み付けている人がいる。機長だ。機長は機長らしい人間が普段よく持ち歩いているような鞄から拳銃を取り出すと、僕に銃口を向ける。機長。何をするんですか。やめてください。
 
 僕は今にも引き金を引きそうな勢いの機長を見て悲しくなる。ああ、成層圏にすら僕の居場所はないようだ。やはり僕は地上に帰らなくてはならないのか。僕は眼下の地上を見下ろす。
 
 帰ろう。深青の美しき深海と、果てしなく蒼い成層圏との間に存在する、あの欺瞞に満ちた醜い大地へ。そう僕は決心し、機内に向き直り、機長に向かって、こう叫ぶ。
 
 「見るがいい。オレ流の幕引きを!」
 
 そして遥か彼方で待ち受ける地上へと、勢い良くジャンプする。
 
 僕は堕ちていく。そのスピードは次第に増していき、ついには音速を超える。轟くソニックブームを聞きながら僕が見たものは、流れていく僕の記憶だった。ああ、僕は死ぬんだな。
 
 僕は死ぬ前に一言いい残したい言葉があるのだ。今のうちに言っておく事にする。
 
 「・・・ありが」
 
 激しい衝撃とともに僕は地面に叩きつけられる。…と思ったらそうではなかった。周りを見渡すとそこは飛行機の中である。おかしい、そんなはずはないのだ。運良く飛行機の上に落下したのだろうか?
 
 いや違う。僕は夢を見ているのだ。地上へと加速しながら落ちていく、その瞬間に。
 
 地面へと叩きつけられるコンマ数秒前の、その一瞬の間に。
 
 「そうよ、あなたは夢を見ているの」隣で寝ていたはずの女性が僕のほうを向いて口を開く。
 
 「あなたは、夢の中でドイツへ行くわ。そして、そこそこ楽しんで日本へ帰るの。そうしたら、また今まで通り仕事をして、適当に遊んで、眠って、歳を取っていくのよ。そして寿命が来たら死ぬの」
 
 そんな。なんてつまらない夢なんだ。僕は夢の中でも退屈させられなくてはならないのか。
 
 そんな夢ならいっそ醒めてしまえばいい。僕はそう思い、自分の頬を思い切りつねった。
 
 (1999年10月15日の日記より)
 
 
 

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