俺の後輩の相撲取りについて

ikami2005-02-08


 そういえば、俺の中学の1年後輩には、将来を嘱望された相撲取りの卵がいた。中学時代に全国大会に優勝したような奴で、うちの中学において彼一人だけが所属する相撲部というものをムリヤリ作って彼は市立第四中学校相撲部として輝かしい成績を残した奴だったんだが、中学在学中に先代の九重親方が当時まだ現役だった千代の富士を連れてスカウトに来たほどの逸材だった。
 
 彼は当然のように中学卒業と同時に九重部屋に入門した。まだ新聞に番付が載るほどの成績でもなかったのかその後しばらく彼のニュースを聞くこともなく、彼のことは忘れていた。
 
 俺が高校三年になって受験を迎える頃、そのニュースは唐突に俺の耳に入ってきた。その市川という当時まだ17歳だった少年が、巡業先のトイレで首を吊って自殺したというのである。新聞の報道によれば、当時九重親方の付き人をしていた彼が、親方の時計を紛失してしまい、それを気に病んで自ら命を絶ったとのことだ。
 
 当時地元ではわりと大きなニュースとして扱われたので、同中学の先輩だった俺は高校で周りの奴らに色々聞かれた。小さな中学校だったので後輩と言えばほとんど全員顔見知りと言ってもいいくらいだったのだが、でかくて物静かな奴だった事以外はあまり憶えていなかった。
 
 俺はその当時、「あいつはバカだ、死ぬほどの事じゃなかったのに」と何度も繰り返した気がする。親方の時計だからもちろん安物ではないだろう。数百万くらいするものだったかもしれない。でも彼の命と引き換えにするなら安すぎるくらいだ。
 
 親方からか、先輩からか、その事について叱責されたのか。それとも気が動転して衝動的に自殺したのか、それは分からない。ただ、その瞬間、或いはその後しばらくの間の逆風を我慢すれば、なんでもないことだったはずなのだ。
 
 親方の付き人をする位だから相当に将来を期待されていただろうことは容易に想像が出来る。その未来をたった17歳で自ら絶ってしまったことは非常に残念だ。
 
 このことについて試しにググってみたが出てこなかった。今回俺は、彼が確かに存在したという証として、俺の記憶の中にある彼の残像を電脳世界に放流することにする。
 

残像に口紅を

残像に口紅を